最近の低年齢化について

2004/06/06 植田 茂夫 (毎週土曜日)


皆さんおはようございます。日増しに暑くなってきましたね。

本日は子を持つ親として、やはり佐世保の事件が気になり
最近の小学生について5年と高校の息子に聞いてみました。
「なんであそこまでやるんや?父の頭では理解できん」と。

「キレル」「ウザイ」、私には非常に気分の悪い排他的な言葉です。
このような言葉を普通に使う子供たちは、なぜ切れた後に見境が無くなるのでしょうか。
「何処が境目かわかってはいるけど、止めれない」「言いたい事を言うこと自体がじゃまくさい」
「周りが見えず判断がつかなくなる」等の答が返ってきました。

難しい児童心理はわかりませんが、ゆっくりと成長する判断能力を超えて
子供達の周りには大量の情報とツールが氾濫しています。
判断能力の乏しい子供達は後の言葉や行動までは予想できずに行動を
起こしているところが大きな要因だと言っていました。

大人の世界も良く似ていませんか。時間と情報が早すぎるのだと思います。
ついていっているフリをしているのだと思います。
後は適当に処理しとけばわからない。と、

30年代生まれの私の小学生時代と何が違うのでしょうか。
明らかに今の子供達の方が学力がついていますので、
そういう意味ではどちらの時代が良いかはわかりませんが
ひとつ言えることは昔の方がオープンであったということは間違いなさそうです。


我々の子供の頃は、行動範囲と仲間がおおよそ決まっていました。

朝、家を出て友達と学校に行き、放課後学校で夕方まで遊ぶ。
何年か一緒にいる友達なので変化がよくわかった。
休みの日には自転車で行動範囲を広げる。夏は毎日のようにプールに行く。
だいたいこの程度の繰り返しでしたから、単純明快で
おおよそ子供の行動は親も想像がついていたことと思います。
子供の方も何か起こってもなんとかなる子供の世界の範囲にしかいさせてもらえず、
大人の世界は少し興味がある程度、これが我々の頃の小学生でした。

現在はというと、家にいながらTV・パソコン・ケーブルから情報が収集できる。
親の知らない事を簡単に手に入れる事ができる。
外で遊ぶよりこちらのほうが面白い。又家から出たら携帯があり
塾で自分の時間がへれば、そこで他校の生徒から今まで知らなかった環境の情報を得る。
昔と違い非常に広い世界(情報源)が、僅か10才前後の子供の世界にもあるのです。

このように書くと便利な時代、合理的な時代に見えてしまうのですが
それは、自分にとって要、不要の判断が出来る大人の考え方で
(パソコンは大人でも不要な世界にのめりこみます)
実際に10才や12才の小学生が判断を持って要、不要の
線引きが出来るかというと私は無理だと思います。

近い将来このような便利なツールに対して年齢制限の規制が必要だと思えてなりません。
映画館では年齢制限が行われていますが、それをケーブルでTV放送する時は
自宅でどのような場面でも見れるのです。

携帯・パソコン等も子供専用が出来たらよいと思います。

我々の大人の世界を簡単に共有させない事が必要なのではないでしょうか。

今回の事件で、よく似た内容のTVドラマが中止されたと聞きました。
あたりまえといわれれば、あたりまえですが、大人が見る番組に規制がかかるのです。
ニュースもそのうちこの分野は放送しない。
戦争の映像はダメ!恋愛ドラマもダメ!お笑いだけ。なんてことになるかもしれません。

このままではTVの規制がどんどん増し、無法のパソコンは
逆にますますエスカレートするように思います。

ダラダラと書きましたが、最近低年齢化が進んでいるので気になります。
大人の世界と子供の世界、皆さんどのように思われますか。

植田茂夫でした


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