藤本 幸邦さん
ゲスト 藤本 幸邦さん<「世界法民太陽学園」学園長 円福友の会会長>
ホスト 氏田 耕吉 (ウジタオートサロン代表取締役)
藤本 幸邦さん略歴
明治43年 長野市篠ノ井・円福寺に生まれる。
昭和10年 駒澤大学仏教学科卒業。
渡邊薫美師の門に入り、世界一家の原理を学ぶ。
昭和20年 曹洞宗大本山総持寺にて修行中応召。
昭和21年 復員。
戦災孤児救済運動を推進
昭和23年 養護施設・円福寺愛育園を創立し園長。
昭和56年 勲五等端宝賞受賞。
昭和59年 仏教伝道文化賞受賞。
平成4年 外務大臣表彰受賞。
平成6年 正力松太郎賞受賞。
現在、円福寺愛育園・円福幼稚園円福保育園理事長を兼ね、世界法民太陽学園学園長として世界一家を唱導。円福友の会を主宰。アジア難民救済・途上国学童支援のSABA運動を展開中。
著書 「愛育園物語 おっしゃん」「おっしゃんの茶話」など多数
藤本幸邦さんは長野県円福寺の住職として、終戦直後から養護施設をはじめ、「はきものをそろえるとこころもそろう こころがそろうとはきものもそろう」と、誰にも分かりやすく禅の心を教えて、その教えは全国に広まりました。さらに一食食べるたぴに一円を寄付する「一食一円」運動を提唱してアジアの貧しい子供達へ募金活動を続け、戦争放棄による世界平和と、地球上のすべての人類の共存共栄の活動を続けておられます。今年九十歳を迎えられた老師にその活動などをうかがいました。
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21世紀は、世界中の国々・人々がオリンピックやパラリンピックのように、競い合い、 ほめ合い、喜びあう時代に
はきものをそろえると心もそろう心がそろうとはきものもそろう そうすればきっと世界中の人の心もそろうでしょう
氏田 円福寺で子どもたちのお世話をされるようになったのは何がきっかけですか。
藤本 終戦直後の昭和二十二年東京上野駅には、裸ではだしの戦災孤児がたくさん集まり物貰いや、タバコを拾い集めて巻直して売ったり、スリや置き引きで暮らしていました。その姿にすっかり心を痛めてしまって「おじさんの家にきて学校に行けばいいじゃないか」と三人を円福寺につれてきたのが最初です。今年で五十三年目で、延べにして四百人ぐらいの孤児達を育ててきました。
ところが今も四十五人います。戦災孤児ではなくて、「繁栄孤児」です。経済的繁栄の裏に人間としての心が失われ、個人の権利を主張する民主主義が裏目に出て家庭が崩壊してしまった孤児達です。
氏田 「はきものをそろえると心もそろう」と言う言葉はその頃生まれたのですね。
藤本 子どもたちを連れて帰った時は、妻と二人で「家族のように育てるのが一番いい」というのが私の信念で、私がお父さん、家内がお母さんで、定員十人でした。ところが、その項は施設が無いので、二十人、三十人と子ども達が増えて、玄関もお手洗いでもはきものがごった返しになったのです。そこで私は子ども達に「はきものをほっぱらかしておくと、また戦争になってしまうぞ、
揃えておくと平和になるぞ」と教えたのです。自然と出た言葉でした。それが始まりです。それを元に子供達のためにつくったのが次の詩です。
はきものをそろえると心もそろう/心がそろうとはきものもそろう/ぬぐときにそろえておくと/はくときに心がみだれない/だれかがみだしておいたら/だまってそろえておいてあげよう/そうすればきっと/世界中の/人の心もそろうでしょう。
禅の修行寺の玄関には「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」という札が立ててあります。
「自分の足元を見よ」「自分の行いを見よ」と言う意味ですが、それを子どもにも分かるように、そしてそれがいつも行動として身につくようにと考えたのがこの詩なのです。
これが禅宗のお寺の方へ広がり、学校や社会や会社などにだんだん広がって 「イエローハット」という会社では社訓にされて私が知らないうちに全国に広がったのです。
氏田 そういうことが全国に広がって、みんなそんな心構えになったら、日本や世界の将来は明るいですね。
藤本 そうですね。「はきものをそろえる」という言葉には、「脚下照顧」、「自分の足元を見よ」「自分の行いを見よ」と言う意味と、もう一つ深い意味があるのです。人間はすべて二つでバランスをとっているのです。
右足と左足の二つがあるから歩くことができるのです。
目も二つ、耳も鼻の穴も二つ、手も二つでしょう。脳も大脳・小脳二つ。この世の中は全部二つ、二つを揃えることが大切なのです。「ロはひとつでしょう」と言う人がいましたが、入る口と出る口があるのです。善があれば悪がある。肉体があるから精神があるのです。共産主義的な考えと資本主義的な考えがあるのが良いのです。共産主義的な考えがあるから、日本は資本主義でありながら福祉国家になったのです。
権利を無制限に拡大するのでなく 「足ることを知って、人に尽くすこと」を知らなければならない
氏田 さきほど言われた「繁栄孤児」をはじめ、最近はこれまで考えられなかったような事件などが毎日のように起こっていますがどう考えればいいのでしょうか。
藤本 人間は自分の権利だけで生きている訳ではありません。相手の権利もあります。
ところが戦後五十年「自分の権利だけが大事。自分の命は地球より重い」と教育してしまったのです。権利というのは「自分の権利」のことで、命というのは 「自分の命」だけなのです。当然お互いの権利と権利が衝突してしまいます。親も学校も政治家も、みんな自分のためだけにやっています。みんな自分だけを大事に、思い思いに生きるようになってしまったのです。そして大人がそうですから子供達がそうなってしまうのも当然なのです。子どもの責任ではありません。
氏田 これからの日本人はどのように考え、行動し、子ども達を教育していけばいいのでしょうか。
藤本 「足ることを知る」ことが大切です。曹洞宗の禅僧が言うと「清貧、貧乏で我慢しろ」と言う意味かと思われるかも知れませんがそうではありません。権利を無制限に拡大するのでなく「足ることを知って、人に尽くすこと」を知らなければならないという意味です。食べることの根本は健康を保つためです。お酒だって和やかな雰囲気をつくるためには良いのですが過ぎてはいけません。それが足ることを知ることです。
世界中の三分の二の人々が飢えに苦しんでいます。毎日の食事が食べられない子ども、着る物がない子ども、学校へいけない子どもがたくさんいます。日本人だけでみんな食べてはいけないのです。
まして「捨てる経済」なんてとんでもない話です。禅宗では、「一粒の米の中にも仏様がいらっしやる、一片の野菜でも大事に」と教えます。今の日本は不況だと言いながら、貧しくて肉体労働しか出来ない国民の低賃金労働でつくった製品を安値で買い叩き利鞘で儲けています。これではこの不景気は直りません。日本が経済大国になったのは、日本が中産階級社会となり、福祉国家となり、国民に購買力がついたからです。ところが今のアジアには購買力がありませんから景気は回復しません。バブルの時のお金はどこに行ったのですか。バブルで損した人ばかりが強調されていますが、損した人がいれば、必ず儲けた人がいるのです。儲けた人は絶対に「儲けた」とは言いません。
損した人だけが「損した」と言っているのです。銀座では海外ブランドの店がたくさん出店しています。
バブルで儲けた人達のためのものです。一部の人がいい思いをしていたのでは全体としては決して良くならないのです。
世界も同じです。地球人類のなかで、三分の二の人々が飢えているのに、日本をはじめ先進国だけが栄えて、たらふく食っては捨てているという価値観では、日本をはじめとする先進国も永遠に不景気から逃れられません。
貧しい国を豊かにしないと世界の景気はよくならないのです。今度沖縄でサミット(先進国首脳会議)が開かれますが、富んでいる国だけで儲け話をして、山分けにしようとしているのです。一部の国だけが儲けて、多くの弱い国々を貧乏のままにしておいては世界の経済は先細りです。大国だけが話し合っても駄目なのです。アジア、アフリカ、オセアニアなどの小国の人達も仲間にいれて、
世界中の人々が少なくとも飢えることのないようにしなければ、大国の都合だけではだめになってしまうのです。
アジアの貧しい人々、子ども達のために、ご飯を一食たべたら一円を出す「一食一円SABA運動」をスタートに。
「一食一円SABA運動」に全国で一万人の会員、毎年一千万円の募金、カンボジアに五つ、中国に二つ、ネパ-ルに三つの学校など
氏田 老師が国際ボランティア活動をはじめられたのはそういうお考えからなのですね。
現在「一食一円SABA運動」という活動をしておられますが、その経過などをお話しいただけますか。
藤本 私がボランティア活動に取り組むようになったのは今から十七年前で、カンボジアの難民が何十万人とタイへなだれ込み、国連が救済に乗り出し、それに呼応して曹洞宗も教団を挙げてこの問題に立ち上がったのがきっかけです。やがていろいろな事情から教団は手を引くことになりましたが、現地で活動していた人たちで結成された「曹洞宗ボランティア会」が活動を続けることになり、私は「曹洞宗ボランティア会の火を消すな」と一生懸命応援を続け、タイの難民キャンプにも何度も視察に行きました。
その中でいろいろなことを学んで、「救援物資などをいくら送っても仕方がない、その輸送費に何百万円が必要となり、その分お金を上げた方がよほど喜ばれる」と分かったのです。その反省から「円福友の会」を通じて「一食一円SABA運動」という募金活動をはじめたのです。禅寺では、「生飯(さば)」と言って、食事の際に七粒の米を取っておいて後で小鳥に施す、感謝と施しの食事作法がありますが、それにちなんで、アジアの学童支援のために、一食一円、一年間で千円の尊いお金を寄付していただく運動をはじめたのです。
氏田 「世界のために」というと、私達のような凡人は大変なことのように聞こえるのですが、「一食一円SABA運動」であればすぐにでも参加出来ますね。
藤本 一食一円でいいのです。なぜ一円にしたのかというと、誰にでも出来るからです。お金だけでは無いのです。そういう心を日本人に持ってもらいたいのです。かわいそうなアジアの子ども達のために、貧しい人々のために、ご飯を一食たべたら一円を出すのです。一日三円です。日本中の人すべてがそうすれば一日で三億円集まるのです。一ヵ月で九十億円です。
氏田 現在どれくらいの方が参加されているのですか。
藤本 全国で一万人を越え、毎年一千万円の募金が集まっています。集まったお金で今までにカンボジアに五つ、中国に一つの学絞をそれぞれ建て、来年はバングラディシュに職業高校を建てる計画です。そのほかタイのスラムの子供達の教育里親やインド・南米の子ども達に教育費を送る活動をしています。
日本人こそ国際間の疑いの心を取り去り、戦争をなくす、人類の大事業の先頭に
氏田 老師が学園長をされている「世界法民太陽学園」というのはどういうものですか。
藤本 「学園」と名がついていますから何か校舎のようなものがあるかと思われるかも知れませんね。「世界法民太陽学園」の校舎は地球という天体で、生徒は全人類です。
私の生涯の恩師は渡邊薫美先生という方ですが、戦争に負けた時に「これからは、日本は戦争をしてはいけない。
圧力に屈せず戦争放棄を貫け」と言われました。そして 「これからの時代は「世界中が仲がよくなる。必ず仲良くなる。
その先頭に立つのは、日本国民しかない」と予言されたのです。これからの時代は、世界中の国々、人々が、オリンピックのように、パラリンピックのように、競い合い、ほめ合い、喜びあう時代になるのです。これを実現するために、世界法民太陽塾を開き、世界的人格、人類的人格を持つ人材を育てようとしているのです。「一食一円SABA運動」もその活動の一つです。
氏田 日本人こそが戦争を無くし、世界中が仲良くなるために先頭に立たなければならないのですね。
藤本 そうです。人類の歴史の中で、広島、長崎ほど人権を無視し、非人間的な残酷はありません。またベトナム戦争、湾岸戦争、みんな恨みを残し、戦争では何にも解決出来ない時代に入ったのです。
これからは、相互理解・協調・互助によって栄えていくのです。ヒロシマ原爆被災者の慰霊碑に「安らかに眠ってください、あやまちは繰り返しませんから」と刻んで世界で最初に戦争をやめることを宣言し、憲法にそれを明記した日本国民はそれを貫き通さなければならないのです。そのためには、国際間の疑いの心を取り去らねばなりません。これがこれからの人類の大事業です。日本は「信用される国」にならなければなりません。日本だけが儲かれば良いなどと考えて行動していては誰も信用しません。
氏田 最後に「よみうり情報」の読者にどのようにすれば、老師の奉仕活動に協力することが出来るのか、教えてください。
藤本 私の考えに賛同してくださる方は「円福友の会」に入って「一食一円SABA運動」に参加してください。年会費三千円で、会員全員に毎月、私が常日頃考えていることを書いたものを中心にした月刊「円福」と、そして「SABAスクール」その記録をそえて送ります。「一食一円SABA運動」は、お金を集めるだけではありません。みなさんと緑を結びたいのです。そしてかわいそうな子供達を助けることを通じてこの世から戦争を無くしたいのです。愛の前に敵はありません。「一食一円」に込められたみなさんの愛の心を集め、戦争を無くそうという日本国民の意識の芽生えが大事なのです。
氏田 ありがとうございました。私も自分にできることから始めさせていただきます。
(問合せ先) 長野市篠ノ井横田
円福寺 TEL:026-292-0381
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