2011/04/24
フィアット アバルト695 トリブートフェラーリ 試乗レポート
フェラーリに捧げられたアバルト
クルマが単なる機械ではなく、まるで血が通った生き物のように感じられたり、感情を持っているように思えるのは、そこに計り知れないほどの情熱やこだわりが込められ作られているからだろう、と僕は思う。
いま、目の前にあるアバルト695トリブート・フェラーリはその典型といえる1台だ。トリブート=tributeは、“捧げる”という意味。つまり「フェラーリに捧げるアバルト695」というのがこのクルマに与えられた名前だ。アバルト自体が伝説のブランド。そんなアバルトがフェラーリに捧げる…それだけで情熱とこだわりが溢れんばかりに存在するだろうと想像がつく。だが、もう一点気付くべきはこのクルマがアバルト500ではなく「695」であることだ。
アバルト500ですら、既にフィアット500をベースとしてアバルトがサソリの毒を与えたホットモデルである。ならば695はさらに強烈な“猛毒”を持つと想像するのは容易い。事実、このモデルは元をたどれば69psの1.2Lエンジンを積むフィアット500をベースにするにも関わらず、搭載される1.4Lターボ・エンジンは実に、最高出力180ps/最大トルク25.5kgmを発生するまでにチューニングがなされている。さらに決してその名前に負けることのない特別な仕立てが随所に施される。
強化&軽量化パーツが満載
エクステリアではフェラーリのホイールをヒントにデザインされた専用の17インチアルミホイールを始め、マニエッティマレリのバイキセノンヘッドラップ、カーボン素材が与えられたサイドミラー、そしてエグゾーストシステム「レコードモンツァ」といったパーツが惜しげもなく使われる。
インテリアではカーボン製となるフレームにブラックレザーを組み合わせた「アバルトコルサ by サベルト」を採用した他、トリコロールデザインのアクセントをあしらった専用ステアリング、フェラーリと同じイェーガー製のメーターパネル、ペダルにはスコルピオーネのロゴが入り、専用のキックプレート、シリアルナンバープレートなど細かなところにまで手が入っている。
180psにまで高められたエンジンには5速シーケンシャルのトランスミッション「アバルト・コンペティツィオーネ」を採用し、17インチタイヤは専用のサスペンションによって地面へ押し付けられる。ブレーキはブレンボの赤キャリパー…と、これでもかの強化パーツが揃い踏みだ。ならば走りはさぞかし硬派か…と想像するが、この辺りがまさに魔法で、走らせると良い意味で裏切られる。
この見た目だとハードな乗り味を想像するわけだが、確かに街乗りだとアバルト500よりは若干ハードかなと思える。しかしそれでいながらもサスペンションの伸び縮みが絶妙で、1クラス上のスポーツカーのような振る舞いを見せる。そしてこの辺りに、単に固めただけじゃなく質の高さを感じる。いかにもお金がかかっているチューニングなのだろうなと思えるわけだ。
180psを発生する1.4Lターボは2ペダルとの組み合わせゆえ扱いづらさは微塵もなく、シングルクラッチの自動MTのデメリットもさほど感じない。25.5kgmの最大トルクゆえ普段乗りからトルクがあり、踏めばいとも簡単に前輪がホイールスピンするほどの力を発揮する。近頃はなかなか踏み込めないけれど、それでも高速の合流などでは感心するほど鋭い加速を見せつけてくれる。
素性の良さが普段乗りでも伝わってくる
しかしアバルト695トリブート・フェラーリの真骨頂は何より、既に情熱やこだわりが溢れんばかりに込められているがゆえの「熱さ」が普段乗りレベルからひしひしと伝わってくることだろう。
もちろん冒頭の話に戻れば、「熱さ」もまた、多くが思い込みの範疇にすぎないことは明らか。だがそれでも「熱さ」を感じる理由が確かにあるのも事実なのだ。
僕はアバルト695トリブート・フェラーリをまだサーキットでは試していないけれど、サーキットで相当良いだろうし、おそらく感動を与えるレベルにあることは容易に想像できる。なぜならばその片鱗は既に公道でのサスペンションの振る舞いの良さにも現れている。しかも多くの人は知らないだろうが、このクルマのベースであるフィアット500自体、サーキットで走らせたら目鱗なほど走りは気持ち良い。速さはないが気持ち良さは絶大。それに比べたら695は速さも手に入れて超絶な気持ち良さを見せつける、はずだ。
実は街中で「熱さ」を感じるクルマの多くは、例えばサーキットの限界域でも気持ち良く走れるほどに徹底して開発されている。ゆえにその良さが街中で染み出てくるのだ。
つまり素性の良さが普段乗りに出る。我々が乗って感じる“熱さ”を始めとする感覚はあくまで“思い込み”。だが、そう思い込めるだけのれっきとした理由が実はある。その理由とは、作り手がそのクルマを、こんな風にしたい、あんな風にしたい、と願う想いに端を発する徹底的な仕事によるもの。そしてそれを支えるのが、作り手の情熱でありこだわりなのだ。
ただ我々は今、残念ながらそうした情熱やこだわりを感じている状況や場合でないのも事実。ただそれでもなお、僕はアバルト695トリブート・フェラーリがそうした価値を持つクルマだということを伝えようと思う。
今はまだそうした状況ではないけれど、この先少しずつみんなで状況を変えて、また再びクルマの情熱やこだわりについて語れる時が来ることを心から願うし、それまでクルマの情熱やこだわりを伝えることで少しでも夢や希望を描けるならば、と思うからだ。好きなクルマのことを考えるのもまた、前に進む力。そう思いたいし、アバルト695トリブート・フェラーリのようなクルマはその原動力になってくれるはずだ。
(CARVIEW)
http://abarth.jp/