2005/02/26 氏田 耕吉
先日、BMWの某ディラーの支店長と話す機会が有りました。
何でも、新型車効果も有り、
今年は前年比130%の計画を要求されたそうです。
昨年末には「とんでもない!何を言ってんだ。」とか思いながら、年を越したそうです。
ところが、1月、2月は何と、実績で130%超を達成できたようです。
確かに今、「BMWはおもしろそう!」とは思いますが、
それだけでも無いんでは?。
そんな事を思ってると、先週にヤナセが開いた展示会でも、
動員数が大阪支店はじまって以来の新記録だったそうです。
東京をはじめとする関東の景気が良いのは周知の事実です。
また、ここ最近、名古屋を中心として、空港景気も反映で
中部地方が良くなってきたそうです。
次はいよいよ、我等が近畿圏も、、、、、、
自分に都合よく期待に胸ふくらます氏田耕吉でした。
P.S.講演録のテープ起しで文章が思いつかず、
短いメッセージで、すいません。 第4,5回アップしました。 ぜひご覧ください。
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2005/02/19 氏田 耕吉
松下幸之助氏は大正7年に
大阪生野区猪飼野の借家で奥さんとその弟の3人で
「松下電気器具製作所」を創業しています。
ちなみにその弟、井植歳男氏はその後、三洋電機を創業する事になるので
実に日本の電機業界はこの小さな会社から始まったと言えるかもしれません。
その後、松下電器は順調に成功(上甲氏は小成功と表現)していったが、
当然の事ながら行詰まりを経験する。
そんな折、幸之助氏はある人に進められ
天理教の本部を訪ね、
そこで活動する人たちの真剣で一生懸命な姿に驚く事になる。
それを単に宗教活動と、捉えず、そこで、
「稲妻のごとく走る」感を持ち、
「真の経営とは? そもそも、自分の事業の使命は何なのだろうか。」
と、考えたそうです。
昭和7年松下電器はこの年を
命知元年と名づけ、250年計画を発表することになります。
その折の理念と目標を要約としてまとめると、
以下の三つだそうです。
1、 人生のテーマをもつ
2、 生きる原理原則をもつ
3、 言行一致
幸之助氏の言葉をかりると、
「それからの松下電器は自分でも驚く程、成長をはじめた」
そうです。
果たして私たちもそういうような「人としての使命感」に気づけているのでしょうか?
つい真剣に自問自答してしまいました。
私も孔子の言う「天命を知る」年になっています。
人間としての使命を真剣に考えねばなりません。
松下幸之助物語は
http://panasonic.co.jp/company/person/story/part1/story1-1.html
でご覧下さい。
報告は氏田耕吉でした。
追伸;大変僭越ながら、以前に松原中学校で機会を頂いた
講演をしばらく連載させていただきます。
ホームページ「What’s new/最新情報」からご覧下さい。
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2005/02/12 氏田 耕吉
先週の「松下幸之助翁に学ぶ」の続編です。
=生き方の名人=
「長生きされましたが、長寿の秘訣は?」
と言う質問には
「それは体が弱かったからや。
だから無理できなかった、
無理をしなかったからや。」
ものは考えよう。
「経営者としての成功の秘訣は?」
との質問には
「学歴が無かった事、体が弱かった事、家が貧乏だった事。」
と答えられたそうです。
学歴が無いから何も知らなかった。
おかげで何事でも誰にでも聞く耳を持てた。
そして、何を聞いても感心した。
それが経営を間違わずに出来た最大の要因だった。
体が弱かったから人に頼らざるを得なかった。
それが人を育て、盛り上げてくれた。
など、普通だと絶対にマイナスになるような事を
考え方、受け取り方で成功の条件にされてこられました。
=万事研修=
「万事、万物、全て我が師」
あらゆるものから学ぶ!
真剣に意識を強く持てば
「求めれば必ず出会う」
のだそうです。
=自修自得=
「君の考えはどや?」と相手に常に聞かれ、
自分で考え、自分で行動させる、
指示を仰ぐのは楽、考えなくて良いし
責任逃れもできる。
「自分の頭で考えなはれ」
が幸之助翁の口癖だったそうです。
本当にすごい人物です。
今日はこの辺まで、、、
ますます幸之助ファンになっていった氏田耕吉でした。
P,S,昨年からお約束の私の講演録、
いよいよ来週から
シリーズでお送りいたします。
テーマは「夢をもて(求められる子供像)」です。
お楽しみに?
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2005/02/05 氏田 耕吉
先日、「松下幸之助翁に学ぶ」の
勉強会に出席してきました。
松下政経塾と幸之助さんのビデオを1時間鑑賞してから、
元、松下政経塾塾長の上甲晃さんの、
何と3時間にわたる講演会でした。
しかしさすがに上甲さんで四十数人の
メンバー全員が真剣に聞き入ってました。
上甲さんとは当時朝日新聞に居られた、
西垣戸勝さんに昭和61年ころ、ご紹介頂いてからで、
もう足掛け二十年になります。
諸先輩を中心に、「人間行脚の会」でいろいろな面で
ご指導を受けてきました。
実は私は松下幸之助さんには一度もお会いは出来ませんでしたが、
ある文章を通じて人生の大きなきっかけを頂きました。
それまでは家が整備工場で育っていましたが、
「商売」と、言う事になると、ただ単に「金儲け」と、
いうイメージしかわかずあまり好きでは有りませんでした。
いまだに中学、高校からの友人は「おまえが商売したり、
会社の代表をしているのは信じられない!」と言います。
と言うのは、整備工場なら、故障した自動車を直してお役に立って、
手間賃を貰うと言う事ですが、
商売は、ある物を仕入れて、儲けをのせて他の人に売って利益を得る。
どうもその辺があまり好きではありませんでした。
その私の価値観を変えたきっかけとなった文言は
「 適正利潤 」 でした。
商売を通じて人様のお役に立つ、そこで、経費その他で
「適正利潤」を頂戴する、というような文章だったと思います。
ついては商売を通じて世のため人のために尽くす、でした。
(どうもこの辺を上手くは説明できませんが熟慮してみてください。すいません。)
「適正利潤」、
常に心して精進せねばなりません。
今回の講演内容のうち気に止まった事は改めてご紹介いたします。
ここしばらくは松下幸之助に刺激を受けている
氏田耕吉の報告でした。
追伸;幣社のホームページの「社長の対談」に、
上甲晃さんとの記事が載っております。
よろしければ是非ご覧下さい。
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2005/01/29 氏田 耕吉
先週、「本田宗一郎 と 井深大 展」に行って来ました。
――夢と創造――
サブタイトルは、「もの」づくり、町工場から世界へ
でした。
同じような時代に生き、まさに町工場を戦後、
日本を代表する世界企業
「ホンダ と ソニー」にした二人の事が
同時進行形で表現されていました。
ちょっとだけ、と思って行きましたが、
決して広くない会場で、流したら30分でしょうが、私は
ビデオ鑑賞も含め、2時間半、
お二人の生きざまをたっぷり感動させてもらいました。
話は変わりますが、
先日、最近の日本人の読書力が落ちてきている、
と新聞にありました。
まずは「伝記物」有りきだそうです。
私たち大人も子供さんにも日本を代表する二人を見せて
興味を持ってもらえたら
たくさん出版されている
お二人の伝記はどうでしょうか?
小学生のころ、「世界のオートバイ王」と言う本を読んで
大感動、今も本田宗一郎の伝記物が好きな氏田耕吉の報告でした。
P,S,梅田ステラホール(梅田スカイビル西)で1月30日(日)まで
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2005/01/22 氏田 耕吉
ここ数日、寒い日が続きました。
新聞を見ていると、20日が大寒(だいかん)だったそうです。
今年は1月5日が小寒(しょうかん)、つまり「寒の入り」で、
最も寒いといわれている日が、20日の大寒でした。
ここから寒さが和らいで2月3日の節分(せつぶん)、
翌4日は立春(りっしゅん)一転、春に向かいます。
この時期が来ると、いつも思い出す出来事が有ります。
私が27才でちょうど仕事がおもしろくなりだしたころで、
自信満々、やる気一杯でしたが、
世の中や社会の事は未知だったころのことです。
私どもの仕事は1月、2月は比較的暇な時期で、この期間を利用して
工事をする計画で進めていました。
ところが、始めてみると途中から何故か色々と問題が起きて
どうしても上手くいきませんでした。
その時まで経験した事が無いような何かに邪魔されているような、止められているような?そんな感じでした。
父方の伯母にあたる方で、易を見る方が居られたのですが、
私はあまり信用はしていませんでした。
しかしこの時ばかりは、と相談してみました。
すると、詳しく説明するまでもなく、
「寒に入ってから土地や建物を触り始めたの?」と言われました。
「直ちに土地を清めて、節分までは一切の工事を止めなさい。」これが答えでした。
工務店の方も確かに困ってはいたものの、なかなか判ってはくれませんでしたが、
とにかく従って、一切の工事を止めました。
1月1日の「一止」ではないんでしょうが、、、
すると、、、、、
その間に幾つもあった問題が解決していき、
本当に節分をすぎてからはスムースに事が運んでいきました。
世の中には言い伝えがたくさんあって、科学的な根拠が無くても、古くからの経験上、
貴重な事があるものだと痛感した次第です。
私の話の中に言い伝えや四柱推命、八卦、易、などが出てくるようになったのはこの時からかもしれません。
また、折があればこんな話も続けてみたいと思います。
氏田 耕吉 でした。
追伸:先週、「冬のソナタ」の事を書いたら、
さっそく「もう1つの冬のソナタ」の本を教えてくださいました。
チュンサン と ユジン の失われた3年間とその後の二人の物語です。
さっそく読みました。
また、「胸、キュン!」です。
ありがとうございました。
追加:本日、梅田ステラホール(梅田スカイビル西)でやってる、
「本田宗一郎 と 井深大 展」を見てきました。
良かったです。感動物、是非どうぞ!
1月30日までです。
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2005/01/15 氏田 耕吉
年明けから年始のご挨拶、互例会が続いて
様々な方々と色々なお話が有りました。
大阪の景気を反映してか後ろ向きな発言が多いですが、
逆に「今、この時期こそ!」と、
パワー溢れるお話も出てきておりました。
まさに今こそ、分岐点かもしれません。
そんな中、「お正月は何をされてましたか?」と、言う質問もよくあります。
そこで、私はすかさず、、、、、
以前からNHKのブーム「冬のソナタ」をたまに見ていて、「ユジン」こと、
「チェ、ジュウ」の隠れファンでした。
それを察した妻と娘からクリスマスプレゼントに顔写真入りのマグカップを貰いました。
これをきっかけに「チェ、ジュウ」の大ファン宣言。
年末年始の休みを使って「冬のソナタ」全20話、約20時間、ビデオ10本を観ました。
久しぶりに胸が「キュッ!」とするそんな想いで時間をすごせました。
とにかく、私にとっては 最高の心地、でした。
聞くところによると、次は「美しき日々」だそうです。
韓流ブームに乗りつつある氏田耕吉の告白でした。
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