街づくり二十年(下) 「十年偉大なり、二十年畏(おそ)るべし、三十年にして歴史なる。」

2007/06/30 氏田 耕吉


帝塚山地域には、恒例化しつつある
いくつかの大きな行事がある。

毎年一月下旬に行なわれる帝塚山街づくり交流会(略称TMK)主催の
新年互礼会が一年のスタートだろうか。

次に続く各実行委員会による行事は、
五月の「阿部野薪能」と「帝塚山音楽祭」、
そして八月の「帝塚山まつり」、
十一月の「帝塚山カップゴルフ選手権大会」となる。

 今年も五月の「帝塚山音楽祭」は六万人超の動員で大盛況に終わった。
そして早くも八月の「帝塚山まつり」や
十一月の「帝塚山カップゴルフ選手権大会」に向けて、
各実行委員会は準備を始めた。

 昨年六月、TMK主催で「街づくり二十周年を祝う会」を催した。

長い年月を経た街づくり活動に携わった人達で1〇〇名予定の貸切会場は、
定員オーバー、人であふれた。

 こんなに多くの方々に、集まって頂けたのは何だったのか。

そう、皆さん「街に惚れている」のだろう。

かって、亡父の結婚式での祝辞を母親から教えてもらった事がある。

それは「男の三惚れ」、
つまり「住む所に惚れ、仕事に惚れ、女房に惚れよ。」という話だった。

自分が生活や仕事をする、その場所に惚れる事はすばらしい。
そう思えばこそ、この時もたくさんの人々が集まられたのだと思う。
人前で自信を持ってこのスピーチをしていた父親を誇らしく思っている。

 諸々の行事について、私は消化型の行事運営は好きではない。
常に参加したくなるような企画を、協力したくなる運営で進めたく思っている。

しかし、実はこれが大変難しい。

 かつて、イエローハット創業者の鍵山秀三郎さんから
掃除に関するお話から
「十年偉大なり、二十年畏るべし、三十年にして歴史なる。」と教えて頂いた。

http://www.ujita.co.jp/Tai01.htm

 この「街づくり活動」も初めの頃はどうなるものかと思っていたが、
十年で形は出来上がった。

そして早や二十年、これはまさに「畏るべき」ことだ。

しかし、三十年にして「歴史」となり、続くためには
次代を担う人達が必要だ。

世の常かも知れないが、各実行委員会でも、
この後継者問題に苦慮している。

帝塚山まつりの「子供みこし」や「子供だんじり」そして「だんじり太鼓」も二十年経ち、
数年前から、その子供達の
「帝塚山青年団」が自然発生(?)した。

さらには「帝塚山青年塾」も出来て、
実社会をテーマに人生塾のような自主勉強会も始まっている。

これもまさに十年単位での活動になりそうだが、
継続していかねばならない。

今までは我々の世代が街づくりの第一線で活動してきたが、
これからは、その次世代に自ら活動する
若者を育てる役割をせねばならない。

それこそが三十年という歴史を作り、
又、更なる継続を可能にする。

長い歴史を望むならば、
年齢とともに役割を変え、
交代する時期が必要だ。

 「人生二度なし」(森 信三)、

人として生きた証しを刻む為にも、次の街づくり活動に向かいたい。        只管感謝 

   (大阪日日新聞 2007年6月29日掲載,、街づくり二十年から)


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