枯れる落ちる姿こそ・・・
2012/11/22 尾崎 由典
紅葉がピークになり、木々がある街並みは色とりどりに。
(これは豊中店の中央環状側です。)
ドライブに出かけると窓に写りゆく景色は、それは感慨深いもの。
枯れ行く葉っぱ達は寂しげに自分たちが住んでいた家とお別れをしなければならない。
そのお別れした葉っぱ達で道は大賑わい。
そもそも葉っぱ達はなぜ枯れるのか?
その訳というのは葉っぱ達は地面に落ち、腐葉土になり、虫や細菌達の栄養となるからです。
その腐葉土は生態系に深く関係を持っています。ある海岸で打ち上げられた昆布の下には腐葉土がたくさんあり、それに豊富に含まれたミネラルにより昆布の質と採取できる昆布の量と大きく関わってきました。
だがある日、山からその海に流れていくはずの腐葉土がダムの建設によって流れなくなったのです。
それにより昆布の質が悪くなり、採れる量も少なくなりました。
ゴミとして扱われていた落ち葉には実は重要な役割があり、またそれを必要としている場所があります。
ただの枯葉、されど枯葉。
落ちて尚必要とされる。無駄な部分など一切ない。
落ちる様ほど可憐な姿でようやく葉っぱとして一人前になれるのではないでしょうか。
誰かのお役に立ててこその一人前ということでしょうか。
結局のところ無駄なモノと必要なモノを必要以上に判断しているのは人間だけではないでしょうか。
それは自分が誰かに必要としてもらいたいという欲求からかもしれません。
必要とされるべくは誰かのお役に立つべきということですかね。
視野を広げて、明日からも仕事を頑張ろう!
落ち葉を見てこんなことを思っていた尾崎でした。